「伝える力」が人によって違うわけ

とても久しぶりの更新になってしまいました。

先月は1回も更新していないのに、ブログのアクセスは過去最高で、びっくりしています。

プレゼントの小冊子を受け取って、その感想をくださる方も最近多く、ありがたいです。

更新をさぼっているあいだにも、ちょくちょく来てくださった方、ありがとうございます!

 

今日は、

「なんで更新していないのに、ブログのアクセスが過去最高だったのだろう?」

ということから、

「伝える力(伝わる力)」の正体について、考えてみたいと思います!

離れたものにも、影響が伝わる

 

以前、日本メンタルヘルス協会の授業で、こんな話を聴いた。

シンクロニシティの授業でのこと。

 

癌に冒された患者がいた。

その人の血液を採り、検査をしたら、やはり癌の症状を示す数値だった。

しかし時間が経ち、その患者は回復した。

すると病院に保存していた血液の数値まで改善していた。

と。

 

上記の授業では、「波動」という話ではなく、

ユングの集合的無意識の応用のような形で、話が進んだのだけれど、

過去に採られた血の成分まで、現在の自分に合わせて変わるのなら、

更新の有無と関係なく、このブログのエネルギーが、私の現在の心持ちによって変わるというのは、充分ありえることになる。

 

ま、そういうのを信じない人には、

「Googleのアルゴリズムが変わったことで、たまたまこのブログのいくつかの記事の順位が上がっただけ」

ということになるんだろうけど。

実際、

すべてがうまくいかない、もうダメだと思ったときの対処法

という記事のアクセスの上昇っぷりがすごく、ずっと一位だった

自分の心を満たす5つの方法

という記事を7000pv以上引き離して一位になったから、「科学的」には、そういう説明もできなくはない。

 

世の中、そんなふうに「論理的」にも説明できちゃうから、

目に見えない世界のことを信じない人は、信じないのかもね。

 

でも一回、

「世界は目に見えないもので9割以上できている。

目に見えないものが、目に見えるものを形作っているのが、この世界」

ということが分かっちゃうと、

「目に見えること(論理的に説明できること)」だけで、世の中を変えようとするのは、ものすごい無謀なことだと感じられる。

 

伝わるって、何が伝わる?

『人は見た目が9割』とか『人は話し方が9割』とか、いっとき「9割」本が流行ったけれど、

伝わっているのは、漠然としたその人の醸し出す空気であることも多い気がする。

スピリチュアル的に言うと、それが「波動」になるのかな。

 

同じ営業文句を言っても、成績が出る人と出ない人がいる。

同じように良い歌を歌っても、人気が出る人と出ない人がいる。

上手い絵の方が、下手な絵よりも評価されるとは限らないし、

小説の世界もまたしかり。

 

「え? なんで、これが売れたの?」

と思ったときには、その作り手のエネルギーを見てみると、「あぁ」と分かったりする。

 

たとえば、営業職の場合、見た目も大事かもしれないけれど、

おどおどしているイケメンくんより、

堂々としていて、感じのいい不細工な人の方が、結果を出したりもする。

大事なのは、見た目や伝える内容、伝え方(話し方)より、

その人の持っている「自己イメージ」の方だから。

「自分は、これを売るにふさわしい人間だ。

人は自分からこれを買いたくなる」

と思っていたら、みんな、買う。

 

「表現」とか「芸術」も同じ

実は、芸術関係も、同じなんじゃないかと最近思い始めた。

以前は、結果が出ないのは、「まだまだ自分は力不足だから」とか、

「もっと上手い人がたくさんいるから」だと思っていたけれど、

あれ、そうかな?! と。

 

自分より下手なように思えるベストセラー作家の作品を読んで、

「運、というのもあるよね」

なんて納得していたけれど、それも実はちょっと違うのかも。

 

単純に、成功している人は、

「自分の作品ってすごいでしょう。こんな素敵な作品が世に出ないなんて、世の中の損失!」

くらいに思っているから、そんな世界を作り出している。

そして

「まだまだ私には力が足りない」

と思っている私は、「まだまだです」という波動を作品に載せていた……!!

おぉ、びっくり!(笑)

 

先月また、今まで以上にじっくり自分自身を向き合い、

特に自分のなかにある「恐れ」を発掘してみたとき、気づいた。

 

私は自分の小説を自信をもって勧めてこなかったな、と。

友達に「読ませて」と言われても、きっと社交辞令だろうとスルーしたり(おいっ)、

読んでもらっても、

「忙しいのに、こんなのに時間を使わせて悪いな」

と思っていた。

なんでだろう?! と。

(多分、学生時代、「私の作品、読んでください」とよく知らないブログの読者からさんざん言われて、面倒だった印象が強いからだろう(^^;) )

 

で、改めて、

「人から評価される作品」ではなく、

「自分が自分で、“これ、最高だから、読んで!”と言える作品」を書いていこう、と思ったところ。

※そのほうが、実は人にも「最高」と評価される可能性が高い!

 

最近、大分、「人からの評価(特に編集者とか、選考委員とか、下読みの人とか、一種、玄人)」は気にせず書けるようになってきていて、

だからここ数年の作品は、自分で納得いくものに仕上がってきた。

それをもう、謙遜して外に出すのはやめよう、と。

「私はこの作品、好きなんです! あなたにも好きになってもらえたら嬉しいです!」

という素直なエネルギーで外に出していこう、

なんてことを、色々考えていた、ここ最近でした。

 

大事なのは内容より……

小説とか音楽だと分かりづらいのだけれど、たとえば絵画の場合、

「モチーフ(何を書くか)」「画材」「タッチ(技術)」

の主に3つの要素で成り立っている。

 

モチーフも大事かもしれないけれど、モチーフだけで感動する絵って、多分、ない。

人はもっと違う部分に胸を打たれる。

そうじゃなければ、抽象絵画なんて成り立たないはずだし。

 

絵以外も、実はそうなんじゃないかと思う。

「モチーフ」である「話の中身」とか「小説のストーリー」とか「歌の歌詞&メロディ」とかに人は気をとられがちだけれど、

本当に人を感動させているのって、人に伝わっているのって何なのかな?

やっぱり、それは「波動」というか、作り手の想い、心の状態なんじゃないかと思う。

 

ということで、私は日々、できるだけ自分の心のエネルギーを高め、

「最高!」と自分で言える小説を書くことを生活の中心に据えて、生きております♪

 

なので、ブログの更新は、たまにしかできませんが……

良ければ、また来てくれると嬉しいです。

いつもありがとうございます。

 

今日のブログが、

「伝える」仕事をしている方、「伝える」ことが大事な趣味をお持ちの方のヒントになれば幸いです。

是非、「何を伝えているのか?」「何が伝わっているのか?」を改めて、意識してみてくださいね。

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執筆者:遊部 香(あそべ かおり)

ライター・小説家
東京生まれ。千葉県市川市在住
早稲田大学第一文学部文芸専修卒

「九州さが大衆文学賞」大賞(小説「NON」に掲載。佐賀新聞に連載)・「坊っちゃん文学賞」佳作・「さいたま市スポーツ文学賞」大賞・「伊豆文学賞」佳作など

自分自身が多くの本やブログ、メルマガから「しあわせに生き、しあわせに働くヒント」をもらったように、自分もその知識と経験、文章力で、誰かの今日と未来を輝かせるためのお手伝いができたら嬉しいなと思っています。

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