才能の正体は?:才能がないとあきらめる前に考えてみたい可能性

夢をあきらめる理由として、「自分には大した才能がないと気づいた」というものがあります。

 

私も小説を書く人間ですが、「表現」とか「芸術」に関わる人はよく「才能」という言葉を使うように感じます。

オリンピックを目指すようなアスリートも使いそうですが、その世界は詳しくないので、今回は表現系のプロやそれを目指す人が使う「才能」について考えてみたいと思います。

 才能=ひらめきの質と量

小説を書いたり、絵を描いたり、音楽を作ったり……ゼロから何かを生み出す人は、大なり小なり「ひらめき」を大切にしています。

よく「アイディアが降ってきた」という言い方もしますが、私もアイディアは内側から湧くというより、外から急に「降って」くるもののように感じます。

 

実際、九州さが大衆文学賞を獲った作品のアイディアは、通勤のための電車を待っているときに、急に「はっ」と頭にひらめきました。

当時、電車を待っている時間は新聞を読んでいたのですが、その日は休刊日だったので、特にすることがなく、ぼーっとしていたら、急にラストのシーンと、そこにつながる道筋が一気に見えました。

長く小説は書いていて、「登場人物の設定をしたら、あとは勝手に人物が動き出す」とか、「ストーリーがなんとなく頭に浮かぶ」とか、そういう感覚は昔からありましたが、あれほど強烈に「明確なアイディアが降ってきた」瞬間はなかったです。

そして、小説を書き終わったときではなく、そのアイディアが降ってきたときに、「あ、この作品はいい作品になるな」と確信しました。もっと言えば、受賞まで確信した、と言ってもいいかもしれません。

 

それ以降も、アイディアが降ってくることは何度かありました。でも、あのときほど鮮明に降りてきたことはなかったですね。

そして、アイディアはいつも、降ってきたり、降ってこなかったり……作り出す作品は、自分でも「いい!」と思えるものだったり、仕上げてもいまいち納得いかないものだったり……「偶然」に左右され、品質もバラバラでした。

 

で、「やっぱり私には、ベストセラーを次々に生み出す人のような才能はないんだな」と、普通に思っていました。

 

 ひらめきの質と頻度を高めるには?


でも、エイブラハムの本を読んだりして、目に見えない世界の存在が、自分にとって当たり前になってきた頃、あっ、と気づきました。

 

ひらめきというのは、結局、エイブラハムが言うソース(他のスピリチュアル系の人がいう「神」「宇宙」「天」など)とつながったときに、それがメッセージとして人間の自分に伝えてくれるものなのだ、と。

 

つまり、人間の「私」がエゴでごちゃごちゃごちゃ、あーでもない、こーでもない、と思考しているあいだは聞こえないだけで、エゴや思考を静めれば、ごく普通に聞こえてくるものなのです。

 

本来、私たちはソースとつながっているのが正しい状態なので、エゴでどうにかしようと頑張らず、力を抜いて、リラックスして、ぼーっとしていれば、必要なメッセージは来るし、アイディアは湧くのです。

つまり、「才能」があるかないか、というのは、ただ「ソースとのつながりがどれだけ強いか」でしかないのです。

 

ま、この考え方が受けいれられる人は、スピリチュアル系のことに抵抗がない人で、そうでない人は、「え? そんなこと言ったって」と思うでしょうが……、一つの考え方として、私は、そういう「仮説」に行き着きました。

そして、「書いて、書いて、上達させる」というより、行動を最小限にし、頑張らないと書けないときは休んで、頭のなかをできるだけ静かにし、可能なら近所をふらふら歩いたりすると、アイディアはちゃんと流れるようにやってくる……ということが、実際に体感できるようになってきました。

 

 つまり、才能とは訓練で伸ばしていけるもの

なので、今は思います。

 

「才能」というのは、生まれつき、あるか、ないか決まっているものではなく、後天的に伸ばしていけるものなのだ、と。

(もう一度断りますが、これは、表現系の「才能」についてです。アスリートなど、肉体のレベルに左右される「才能」については、私は分かりません)

 

というか、本来、私たちはソースとしっかりつながった存在で、必要なメッセージはいつでも受け取れて当たり前でした。

常識にしばられない子供がしばしば「天才」に感じられるように。

 

なので、正確には「後天的に伸ばす」ものではありませんが、今、よいひらめきが来なくても、ひらめきを受け取りやすい体質(?)になるよう、今から訓練することは可能だ、と思うのです。

 

そう、「才能」も、他の「スキル」と同じように、コツコツ磨ける要素なのです。

 

ただ、他の「スキル」を磨くのとは違い、行動・行動・行動、で身につくものではなく、むしろ色々なものをそぎ落とす訓練の結果、身につくものかと。

 

 

この記事の内容は、きっと「うわぁ、そうだよね、分かる!」と言ってくれる人の方が少ないと思いますが、最近、強く思うことだったので、書いてみました。

もし、あなたの悩みを減らすお役に立てばうれしいです。

 

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執筆者:遊部 香(あそべ かおり)

オフィス言の葉代表
ライター・小説家

東京出身・千葉県市川市在住
早稲田大学第一文学部卒

自分自身が多くの本やブログ、メルマガから「しあわせに生き、しあわせに働くヒント」をもらったように、自分もその知識と経験、文章力で、誰かの今日と未来を輝かせるためのお手伝いができたら嬉しいなと思っています。

★小説家としては「九州さが大衆文学賞」「坊っちゃん文学賞(佳作)」などの受賞歴、佐賀新聞連載・小説NON掲載などの実績があります。

★ライターとしては、社会保険労務士の知識を活かし、産経新聞や人事系雑誌に執筆、共著出版などの実績があります。

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