少し前に「自分には「行動力がないな」と思っている人に伝えたいこと」という記事を書きましたが、世間には
「とにかく動いて、チャンスをものにしなきゃ」
という考え方が今も根強いなと思います。
でも、本当にそうでしょうか?
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チャンスの神様には前髪しかない?
よく「チャンスの神様には前髪しかない」なんてことも言われます。
つまり、「チャンスというのは、たまにしか来ないものだから、来たら逃すな!」ということ。「逃がしたら、次はないぞ」と。
人生、自分の思いこんだとおりに展開するだけなので、「チャンスの神様には前髪しかない」と思っていたら、チャンスは滅多に来ない貴重なものになり、一度逃したら、終わりになります。
でも、そう思わなければ、案外、世界はもっと優しいです。
私は瞬発力がない方なのか、「あ、あのとき、こうしておけばよかったかも……」なんて後悔をすることも以前は多かったのですが、最近はなくなりましたね。
たとえば、もっと親しくなりたいと思っている人とか、良い仕事をくれそうな人との接触のタイミングがあったのに、そのチャンスをうまくいかせなかった場合、
「あ~、せっかくのチャンスを」
と思いがちですが、それはただ単に「時期でなかった」ということもあります。
最近、「縁がある人とは、いずれにせよ繋がるんだな」という体験をすることが多いです。
頑張って、捕まえに行かなくてはいけないようなチャンスは、実はたいしたチャンスじゃないな、とも。
チャンスはもっと、足元に転がっていて、「あれ?」と気づいたときに拾えばいいくらいになっているものです。
たくさんの人に会ったから、出会えた人もいる?
私は2016年の6月頃から2017年の9月くらいまで、50人くらいの人に会ってインタビューするという、自分にとってはすごい「大量行動」をしました。
でも、元々あまりマメに人と連絡を取る方でもなく、文章を書く仕事をしているのに筆まめでもなく、一人でこもることが好きな人間なので、50人中、今も交流が続いている人は、ごくわずかです……(^-^;
(facebookでは全員とゆるく繋がってはいますが)
ただ、そのわずかな人が、仕事を頼んでくれたり、紹介してくれたり、楽しいイベントに誘ってくれたり、魅力的な人を紹介してくれたり……ということはあり、「頑張ってインタビューしたおかげだな」と思わなくはないんですが、
でも最近、それ以上に、
「きっとそういう人たちとは、50人に会わなくても、きっとどこかで会って、縁が繋がれていたんだろうな」
と思います。
大事なのは自分のアンテナの感度
それで最近思うのは、大事なのは行動量より、「あれ? これはもしかしたらチャンスなんじゃない?」と足元に転がっている良いものに気づける「感度」なんじゃないかな、と思ってきました。
「あ、この人と一緒に何かできたら楽しそう」と、心地よく付き合える人を見つけるアンテナの感度もしかり。
インタビュー後、今も結構濃く繋がっている「わずかな人」に入る安達さんは、
「自分がギラギラしているときには、ギラギラしている人が寄ってきたけれど、
ギラギラするのをやめたら、キラキラしている人が周りに増えてきた」
というようなことを言われていました。
チャンスを求めて、ギラギラして行動しているときは、結局出会う人もギラギラした、そんなに長く付き合っていかなくてもいいかな……という人だったりします。
でも、心のアンテナが立っていなくて、「もっと営業しなきゃ。人脈づくりをしなきゃ」って焦っているときは、そういう自分の利益ばかり考える「ギラギラ人」に近づいてしまったりするんです。
私自身、そんな経験も色々してきたので(社労士として開業したころは、異業種交流会とか結構行きましたし、色々売り込まれましたし、ネットワークビジネスも勧められましたし……結構、ダークな面も見てきました(笑))、「あー、もう、そういうのはいいや!」って思うのです。
それよりは、もっと心に余裕を持って、人生を楽しんでいると、同じように心に余裕を持って人生を楽しんでいる人と出会え、人生も彩り豊かになります。
まとめ:チャンスをつかむ方法
つまり、まとめるとこういうこと。
チャンスをつかむのに大事なのは、「行動」でも、チャンスをものにしなきゃとギラギラすることでも、瞬発力を鍛えることでもなくて、
- 自分の近くにやってきたチャンスとか、良い出会いに気づける「心のアンテナの感度」を高めること。
- それを大切にはぐくむだけの「心の余裕」や「時間の余裕」など、スペースを普段から確保しておくこと
大量行動より、そっちの方がずっと大事だな、と、最近の私は思います。