意外と自分のことって分かっていない

前回の「自分の意見と人の意見をきちんと区別している?」という記事で、自分の意見と人の意見を分ける重要性を書いたのだけれど、

そもそも「自分の意見」とか「自分」のことをはっきり分かっている人って少ないな

と思う。

 

上記の記事では、
「人からちょっと距離を置いて、精神的に引きこもる期間も大事」
と書いたけれど、

「自分」が明確になるまでは、「人」との違いを感じるのも役には立つ。

 

問題は、「人」の意見をそのまま自分の中に取り入れてしまうことで、「人」の意見や話を聴くこと自体が問題じゃない。

大事なのは、「人」の意見を取り入れる前に、「判断」すること。

これは自分の中に入れていいものか、入れないほうがいいものか。

その「判断」がちゃんとできるなら、「人」の意見は、「自分」の輪郭を明確にするために役立つ。

 

たとえば、
「私は山が好き」
という意見を聴いて、「なんか違うな」と思ったら、
自分は、「海」が好きなのかもしれない。

でも「海が好き」と言ってみて、違うようなら、
「草原」とか「都会」とかまた違うものが好きなのかもしれない。

 

「人」の意見と触れると、
「山じゃない」ということまでは分かる。

でも、「山」じゃなくて、「海」なのか「草原」なのか「森」なのか「都会」なのか、本当はどれなのかっていうことは、けっこう真剣に自分と向き合わないと分からない。

それくらいわかるよ、って思うかもしれないけれど、「分かったつもり」のことも多いよ。

 

私も、自分はずっと「海が好き」って思っていたけれど、最近、海を見ていてもあまり癒されないな、と気づいた(笑)

それより、木々の中にいる方が落ち着く。でも、山登りはなんか違う。あぁ、「森」とか「高原」みたいなところが好きなんだ、と。

大学時代からずっと「海派」だと思っていたんだけど、20年経って、「あれ?」と(笑)

振り返ってみると、大学時代から「なんか小動物っぽいよね」とか「森にいそう(なキャラ)」とか言われていたんだけど、自分では「海!」と信じていたから、聞く耳を持たなかった。

 

そうやって、自分の本音って、実はかなり深いところに眠っていることが多いなと思う。

好きなことをやるんだと仕事を辞めたり、転職したけれど、それでもうまく行かなかったという人は、自分の根性とか、能力を疑う前に、「本当に自分のことを分かっているか」を疑った方がいい。

 

本当に好きなこと、向くことなら、根性がなくたって、続けられちゃうし、応援してくれる人が現れるし、なんか流れに乗ってうまくいっちゃうから。

そこまでいかずに頓挫しちゃうことは、「なにか違う」んだと思う。

 

最近はネットやメディアが発達して、一人で家にこもっていたって、本当に自分自身と対話できる時間って少ない。

でもだからこそ、徹底的に自分と向き合う時間を定期的に持っている人は、人より頭一つ飛び出すことが簡単にできる世の中だなって思う。

 

たまにはテレビを消して、携帯やパソコンと離れて、目をつむって、自分の内側と対話してみよう。

静かに目をつむって自分を見つめると、まず自分の体が色々なことを教えてくれる。

 

お腹空いたと思っていても、体と対話すると、「空腹」だと思っていたものが、ただの「ストレス」だったり「眠気」だったりすることもある。

体の声をちゃんと聴くと、次は心も色々教えてくれる。ふとしたひらめきが来るときもある。

そういう静かな自分との対話時間、大事。

 

自分との対話でしか、結局、自分自身のことは分からない。

でも、自分自身のことが分かると、自分を喜ばせる方法が以前よりずっと簡単に分かるようになるし、しあわせを感じる頻度も高くなるよ。

自分と対話し、自分とつながるだけで、その時間はしあわせを感じるはずだしね。

だから、そういう時間、大事にしてみて欲しい。

 

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執筆者:遊部 香(あそべ かおり)

文章を書いたり、写真を撮ったりしています。

現在は、『凪~遊部香official site~』で主に活動中。

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