ふとした思いつきはどこから来る? 力を抜いて書いた方が人に伝わるわけ

今週のメルマガに、こんなことを書きました。

最近、ブログや小説を書くとき、自分の中からひねり出すように書くのはやめようと思い始めました。

ひねり出すように書いているときって、結局、自分の頭で色々なことをこねくり回しているだけなんですよね。

 

本当に人に伝わったなと感じる文章は、「ふと」頭にやってくる感じのものなんです。

 

しあわせに生き、しあわせに働く10のステップ」も、飲んで帰ってきた夜に、なにかに取りつかれたように2時間くらい集中して、わーっと書き上げたものです(笑)

でも、過去のどの発信より「救われた」「癒された」など、感謝のメッセージをたくさんもらいました。

 

あと、九州さが大衆文学賞の大賞をもらったときの小説は、電車待ちをしていたときに、急にストーリーが降ってきました。

「うわぁ、それ、すごいよ!」と自分で言っちゃうくらい、そういうのって、自分で考えた感じじゃないんですよね。

 

何かに没頭しているときとか、アイディアが浮かぶときって、やっぱり自分の力とか思考だけでない、「何か」が働いている、というか、降りてきているとしか思えない感じなんですよね。

 

よく「小説ってどうやって書くんですか?」と訊かれたりもするのですが、「なんかシーンとか人物が浮かんで、人物を配置して書き始めると、勝手に情景が浮かんで、人物が動き出すから、それを文字に落としている」……というくらいしか説明しようがなかったり……(^-^;

 

そういうことを以前はあまり口にしないようにしていましたが、最近は、別に隠すことでもないし、積極的に発信していこうかな、などとも思っています。そしてもっと、「ふっと」なにかを思いついたり、アイディアが降りてきたりするような生活をしたいな、と思うこの頃です。

 

良い気分でいると、つながれる

引き寄せの法則の解説が分かりやすいと人気になったブロガーの奥平亜美衣さんは本の中で、こんなことを書いている(図はからお借りしました)。

みんな、宇宙のエネルギーであるソースとこんなふうにつながっているのだけれど、

 

それぞれの人の頭の上にはザルがあって、その目が詰まっていると、ソースとのつながりがうまくいかない。

だから、願いを叶える力も働かないのだ、と。

 

ザルの目が詰まるというのは、エイブラハムが言うところの「許容し、可能にする」ことができていない状態。

自分には無理だと思ったり、いい気分の反対の「悪い気分」でいると、ザルの目はどんどん詰まっていっちゃうよ。そうすると、本当は借りられるはずの「他力」も働くなくなっちゃうよ、ということ。

 

ふとした思いつきが来るか来ないかも同じ

その話もよく分かるのだけれど、この図を、「ふとした思いつきを文章にする」ということに当てはめて考えてみても面白いかな、と思った。

 

ふとした思いつきが来たり、まるで何かに書かされているかのように筆が進むときは、このザルの目が開いている状態。

つまり、自分が書いているようで、ソースエネルギーが自分を伝わって、外に表現されているだけ、ということなのかもしれないな、と。

 

ソースエネルギーというのは、人間の力を超えた見えないエネルギーなのだけれど、上の図のように、みんな一つのソースとつながっているから、ソースとつながった発言は、心の深い部分で共鳴を起こしやすい。

 

心理学者のユングは、人の無意識のさらに奥には「集合的無意識」があり、生物は皆、同じ記憶を心の深い部分では共有していると唱えていたのだけれど、きっと、似たようなこと。

 

うーん、うーんと唸りながら、自分の中からひねり出したものは、所詮は「自分」の考えであり、想い。それより、力を抜いて、リラックスして「集合的無意識」なり、「ソース」とつながれば、元々あるものが、ザルを通って、すっと降りてくるように、自分にひらめきとしてやってくる。

それを外に表現すれば、やっぱりそのほうが人に伝わるよね、と。

 

私は文章を書くのが得意なので、文章で表現するけれど、絵が得意なら絵で、音楽が得意なら音楽で表現してもいいし、手段はなんであれ、きっと同じこと。

なぜか分からないけれど人の心をつかんでしまうものって、きっと、そういうソースや集合的無意識とつながっているものなのだろう。

 

努力は不要?

私はどちらかというと、今までコツコツ努力して色々達成してきたタイプなので、努力を否定する気はないのだけれど、努力するなら、「作る」ところではなく、「磨く」ところにするべきなのかな、なんて最近は思う。

磨くというのは、「ふと浮かんだこと」を文章にする(もしくは絵や音楽にする)スキルを磨くというのが1つ。

もう一つは、ひらめくままに書いた(創った)ものの完成度を高めるために、仕上げをするという磨き。文章で言うと、推敲するとか、小説ならシーンをちょっと足したり、削ったりして完成度を高める作業。

そこにはやっぱり、修行や努力がいるのかな、とは思うのだけど。

(でも好きなことなら、勝手に続けてしまうし、続けていれば、スキルは磨かれるから、「すごくつらい努力」って感じではないはず)

 

……と、今日の記事は、誰に向けて書いたものかよく分からなくなってしまいましたが……、表現することに迷いを持った人に、必要なことが伝わったら嬉しく思います。

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執筆者:遊部 香(あそべ かおり)

オフィス言の葉代表
ライター・小説家

東京出身・千葉県市川市在住
早稲田大学第一文学部卒

自分自身が多くの本やブログ、メルマガから「しあわせに生き、しあわせに働くヒント」をもらったように、自分もその知識と経験、文章力で、誰かの今日と未来を輝かせるためのお手伝いができたら嬉しいなと思っています。

★小説家としては「九州さが大衆文学賞」「坊っちゃん文学賞(佳作)」などの受賞歴、佐賀新聞連載・小説NON掲載などの実績があります。

★ライターとしては、社会保険労務士の知識を活かし、産経新聞や人事系雑誌に執筆、共著出版などの実績があります。

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