たまには小説ネタ。
私は通勤時に本を読むタイプなので、正社員を辞めると、急に読書量が減るという問題点がある……。それを克服すべく、来年はもうちょっと本を読む時間を意識してとりたいな。
ということで、今年はさして誇れるほど小説を読めていないのだけれど、そのなかから、読んでしばらく経っても「この人の小説、良かったな」と余韻が残っている本を3冊。
Contents
「私の男」桜葉一樹
随分前に話題になった本なので、すごいいまさら感がありますが……。
実際、私の本棚にも随分前から、読まないまま眠っていた。でも、今年春の大片づけのときに捨てようかどうか迷ったあと、「残したのだから、読もう」と意を決して開いた本。
でも、これが、良かった。
近親相姦の話という前情報だけあったから、「監禁された人は、精神の健全を図るために、監禁した人を次第に好きになっていく」というような、暗くて重い話なのだと勝手に決めていたけれど、違った。
なんというか、この父親と娘は、もっと普通に仲が良くて、世界に入り込んでいくうち、「別に、いいじゃん、この2人はこれで」という気持ちになってくる。
それって、桜葉さんの筆力だよなぁ。
でも、常識的には「いい」わけはなくて、それが次第に周りからじわじわと歪みになってやってきて、事件が起こったり、追い詰められていったりする。
(本の構成は、現在から過去にどんどん遡っていくスタイル。この内容を、そのスタイルで書けるというのも、また、すごい!)
決して2人のしんどい感情が表に分かりやすく現れるわけではなくて、2人の心理(特に娘のほう)が、北海道の暗い冬の海の光景に重なることで、ぐわっと立ち上ってくる感じ。
読んでしばらく経った後も、この北海道の海の情景がずっと消えない。
こういうのを情景描写っていうのだろうか。本当に力のある作家だなぁ、とただ感心。
扱っているテーマがテーマだけに、決して明るく楽しい話ではないのだけれど、文学好きなら、絶対、世界観に浸って、心地よい時間は過ごせると思う。
本当、いまさらなんだけど、今年読んで良かった本1位はこれ。
私はストーリーの面白さより、「その世界に浸れる(明るすぎず、ドロドロもしていない、ややマイナー調のグレーの世界が好きなよう)」こと重視で小説を選んでいるんだなぁ、ということを改めて実感もした本でした。
「あのひとは蜘蛛を潰せない」綾瀬まる
今年、「いい作家を一人見つけたぞ!」という手ごたえを感じられたのが、綾瀬まるさん。
窪美澄さんの名前に惹かれて買った「あのころの、」というアンソロジーのなかで出会い、「この人、すごくない?!」と思い、単著をamazonで探し、購入。
窪さんもそうだけれど、綾瀬まるさんも「女による女のためのR-18文学賞」から出てきた人みたい。
あまり性的描写は好きではないけれど、エロくなりすぎず、美の一部、作品の一部として性的シーンを描くにはかなりの力量が必要なわけで、そこをしっかりこなせる作家は、実力のある人なのかもしれない。
ということで、「女による女のためのR-18文学賞」出身作家、けっこう注目かも。
「あのひとは蜘蛛を潰せない」には、性的な描写はなく、28歳の女性主人公の心情をかなり緻密に書いている。特に母親との関係。
途中、ちょっとその関係性とか、恋人との語り(恋人も家族に対して複雑な感情を持っている)がちょっと面倒に思えるところもあるのだけれど、それも含めて、なにか一つの確かな世界が描き出されている感じがした。
「蛇行する月」桜木紫乃
桜木さんは、「ホテルローヤル」が直木賞を受賞したとき、ちょっと読んでみたのだけれど、図書館で借りてしまったので、期限に間に合わず、やむなく途中で返却……。
ただ悪い印象はなかったので、改めて読んでみたら、これは、かなり良かった。「ホテルローヤル」は途中までしか読めていないので、語る資格はないけれど、読んだところまでと比べると、「蛇行する月」の方がいいくらいだと思う。
これは6人の女性の話を組み立てて1つの作品にしたもの。
ただ、今はやりの(?)「連作短編」ではなく、もっと6つの話だからこそ浮かび上がってくるものがある「長編小説」なんだろうな。
ちょっぴり頭が弱くて、20歳以上も年上の和菓子職人と駆け落ちし、子育てに追われ、貧しく暮らしている女性が、それでも「しあわせ」と言い切れるのはどうしてなのか?
その女性の同級生、和菓子職人の元妻、母親などの視点から物語がつむがれていく。
ただ、その女性が6話すべての「主役」ではなくて、6話それぞれの主人公の女性の生活の中に、ちょっと絡んでくるような構成。
その絶妙な絡み方と、その女性とコンタクトを取ったあと、6人それぞれがちょっと変化する、その「ちょっとさ」が絶妙で、良かった。こういう変化はあからさま過ぎると、作り物くさくなっちゃうから。
これを読んで、桜木さんが気に入り、最近文庫本が発売されたばかりの「風葬」も購入。現在、読書中。でも、「風葬」よりも、やっぱり、「蛇行する月」の方がいいように思う。
宮部みゆき「火車」
これまた、かなりいまさら感が強い本なのだけれど、すごーく前、伊豆文学賞をもらったときに副賞としてもらった「新潮の100冊」のなかに入っていて、なんか捨てられずにいた本。
宮部みゆきは(って、なんで宮部さんだけ、呼び捨てなんだろう。メジャーになりすぎると、「さん」をつけづらくなるのか? 三島由紀夫「さん」とか、太宰治「さん」とかも変だし、そういう意味では、宮部みゆき、東野圭吾などは、文豪なのか??)、5~10冊くらいは読んだことがあるけれど、「ちょっと苦手」な部類の作家だった。
なんというか、「あぁ、エンターテイメントを量産している作家ね」という感じで。
でも、これは違う。
なんで宮部みゆきが山本周五郎賞?と思っていたけれど(山本周五郎賞を受賞した作品は結構好き。なんというか、ちゃんと心に届く作品が多い)、読み始めて、分かる、分かる、って感じ。
まだ量産していなかった初期の作品だからなのかな。文庫本で600ページ近い大作なのだけれど、一つ一つの言葉にしっかり想いが込められているのが分かる。
この作品は、「失踪した甥の婚約者を、休職中の刑事が探していく」という物語なのだけれど、その奥に、カード破産という日本の闇が描かれている。
そこの描き出し方に、非常に情熱を感じるし、「自己破産する人は、本当にだらしない、ダメな人なんですかね? その人以上に、このカード社会の仕組みに問題がないですかね?」という問題提起が心に迫ってくる。
この作品は、もう20年以上前の作品だけれど、その後問題になった「グレーゾーン金利」の問題などが鋭く指摘されていたりする。この作品がきっかけで、社会的な法整備が進んだんじゃないか、と思われるくらい。
本が売れないという時代、専業作家として食べていくためには、1年に何冊も本を出さないといけないのかもしれないけれど、こういう良質な作品を、じっくり腰を据えて書ける本当に筆力のある作家が増えないと、日本の文学は廃れるよ……、なんて思ったりした。
本当、宮部みゆきのイメージが、がらりと変わった本でした。
ま、だからといって、最近の宮部みゆきの本には手が伸びないけどね。
……と、小説のことだと、手が止まらず、すらすら書けるなぁ。本当、小説、好きなんだなぁ、と改めて思ったわ……。来年は本を読む時間、もっと取ろう。