大切なのは数ではなくて、目の前の一人に何ができるか:アートコンシェルジュ はせがわ祐希さん

はせがわ祐希さん

今日は素敵な仕事人として、アートコンシェルジュのはせがわ祐希さんをご紹介したいと思います。

祐希さんのお父様のはせがわいさおさんは大学を出てからずっと「画家」として活動されてきている方なのですが、お父様が描いた絵に祐希さんのお母様のはせがわ芳見さんがタイトルやストーリーをつけるという形で、祐希さんのご両親は以前から夫婦2人で創作活動をされていました。

祐希さんも大学卒業後、両親の活動に加わり、今は家族3人で、子供たちに愛や夢の大切さを伝える紙芝居ライブをしたり、東北復興のための活動を行ったりしています。

祐希さんの担当は紙芝居などの朗読と、イベントの企画や外部の人との交渉窓口・広報など幅広いようですが、「様々な人に出会え、人に必要としてもらえる幸せな仕事」と自身の仕事について迷わず言われている姿は、まさに素敵な仕事人でした。

まだ30代前半ながら、どんな質問にもよどみなく、すらすらと語られる姿勢は格好よく、私も様々なしあわせに生きるヒントを頂きました。


商品の価値を高めるデザインの仕事に惹かれる

今は作品に関するデザイン全般、イベントの企画、朗読部分を担当され、自身で絵を描くことはほとんどないという祐希さんですが、大学はお父様と一緒の大学の芸術学部を選びました。そこでは、デザインを学び、特にパッケージデザインや商品のブランディングに興味を持ったということでした。

同じチョコでもパッケージを変えただけで、全然別物になる。
バレンタイン仕様にすれば、そのパッケージがものすごいメッセージ性を帯びる。

そんなふうに1つ1つの商品の価値を高めて伝える仕事は素敵だなと思った。

確かに、パッケージのデザインというのは、商品の価値を高めるものですね。

そして、パッケージデザインではないにしても、今、祐希さんがされている「お父様の絵とお母様のストーリーがどうやったら一番いい形で人に伝えられるか」と考える仕事も、この想いの延長線上にありそうで、いいなと思いました。

大学を卒業したら、企業に就職するつもりだった

はせがわいさお本祐希さんも大学3年生の頃は、普通に就職活動をして企業に勤めるつもりでした。

しかし、大学3年生のときにたまたま、お父様の絵の作品集を出す話が出版社からあり、

「お嬢さんがデザインの勉強をしているのだったら、デザインの部分はお嬢さんにしてもらったらどうですか?」

という流れで、初めて家族3人で仕事をすることになったそうです。

そしてその本を作っている最中にあった祐希さんの誕生日、祐希さんは軽い感じで、

「このまま私も2人と一緒に仕事ができたらいいな」

と言ってみたそう。祐希さんとしては、「まずは一度きちんと就職して、外の世界を見てこい」などと言われると思ったそうですが、思いがけず、

「やろう、やろう」

ということになり、そのまま就職活動は終了して、家族3人で活動していくということが決まったということでした。

公務員と専業主婦のあいだに産まれた私には想像がつかない世界ですが、そんな素敵な家族もいるのですね。

お母様は「この人にずっと絵を描かせたい」という想いでお父様と結婚したと言いますし、お父様は祐希さんが小さなころから、祐希さんを膝に乗せて創作活動をし、誕生日には絵の中に祐希さんの欲しいものを描いてプレゼントしていたそうです。夢のある家族ですよね。

心の中にある純粋な想いを引き出したい

長谷川ファミリー祐希さんが、はせがわファミリーの活動に加わってから、3人で作った本が全国学校図書館協議会選定図書の中学の部に選ばれます。

それをきっかけに、様々な中学校に呼ばれ、朗読上映会をするようになりました。当時はまだ祐希さんは自身では朗読せず、プロの方や知り合いの演劇関係の方などに頼む形で行っていましたが、そこでの反響は大きかったそうです。

全校生徒が見て、感想文を書いて、それを送ってくれるから、毎回1,000人くらいの感想文が集まる。

そのほとんどが、
“スターリィマン(はせがわファミリーの作品の主人公で、夢を叶える 9 つの風船を世界中に届ける旅をしています)のようにやさしい大人になりたい”
“今まで夢を持てずにいたけれど、夢を探してみたいと思った”
など、前向きな言葉だった。

上映会の前には先生から、最近はいじめが多いとか、進路で悩んでいる生徒も多いという話を聞いていたけれど、そんな話からイメージするのとは全然違う生徒の姿が、その感想文からは見えてきた。

それで、この上映会は、中学生が、普段は言えなかったり、自分でも気づけなかったりしている心の奥の純粋な想いに気づくきっかけになっているのだ、と思った。

そのとき、自分たちの活動の意義を感じ、もっと自分もしっかり父と母が作り出した作品に向き合いたいと思った。

商業的な活動からの脱却を目指す

スターリィマンそんなふうに祐希さんが思っていた頃、お父様のなかにもある想いが芽生えていたといいます。

それまでも、お父様は「画家」として生計を立てていましたが、基本的には展示会で絵を売ったり、サイン会をしたり、ということで、絵をお金に変える活動でした。

そんななかで、「絵画というのは、本来心の豊かさのためにあるはずのものなのに、今はお金のやりとりになってしまっている」という矛盾が大きくなっていき、

「商業的ではない、もっと社会のためになるような、違う形での活動はできないか」

と思い始めたそう。

そして1つの転機が訪れます。

それは、祐希さんが第2回ドリプラ(福島正伸さんが主催されているドリームプラン・プレゼンテーションというイベント)にプレゼンターとして出場したことでした。

ドリプラは、社会のためにこんなことをしたい、という夢を持った人が、1人10分の持ち時間で自分の夢を熱く語り、その夢を応援したいと思った人が、直接プレゼンターと話したり、その後、実際に活動を応援していかれるというイベントです。

祐希さんのお母様が、第1回に出場した方の知り合いで、その方に目の前で10分間のプレゼンを再現してもらったそうなのですが、それを見たお母様は興奮して帰ってきて、祐希さんとお父様にこう言ったそうです。

私たちの活動や想いは、なかなか人に伝わりづらい。

それを10分間で伝えられるようになれば、もっと多くの人に賛同してもらえるのでははないか。

祐希さんいわく、

その頃は活動について聞かれても、その時々で言うことがバラバラだった。自分たちがやりたいことも定まっていないから、周りの人の言葉にいちいち左右され、活動内容を伝えるだけで疲弊していた。

そんな状況から卒業し、さらに商業主義ではない社会活動としての「はせがわファミリー」の仕事の方向性が定まったのが、このドリプラだったといいます。

ドリプラの話を聞いたとき、祐希さんはてっきりお母様が出場するものと思っていましたが、「何言っているの、あなたが出るのよ」と言われ、実際には祐希さんがプレゼンターになります。

初めは「え?」と思った祐希さんですが、このプレゼンターの任務を果たしたことで、自分の言葉で想いを伝える大切さに気付き、それから、朗読会でも、自身の声で朗読するようになったそうです。

そして、ドリプラ出場によって、意識の高い人や志のある人と多く繋がることができ「ご縁が変わった」とも言われていました。

祐希さんは、他の話をされていた時にも、

閉じこもって考えるより、まず動く。まず、出会う。
そこから前進できる。

と言われていましたが、実際に一歩を踏み出せるかどうかは、本当に大きな差になっていきますよね。

3.11と復興支援

スターリィマンそんなふうに少しずつ朗読会など、「ただ絵をお金に変えるわけではない」、人と直に接し、人に気づきを与えるための活動が増えて行った頃、3.11がありました。

祐希さんたちは、数日後に控えた沖縄での活動のため、予定を変えず、沖縄に向かいました。

ただ沖縄で会った方の言葉が、また一つの転機になります。
その方とは、元々は、スターリィマン関係の商品開発のコラボの話をする予定だったそうですが、その方は神戸出身の方で、こう言われたそうです。

私は阪神淡路大震災を経験して、長く避難所生活をしていた。
そのときに、紙芝居をしに来てくれる人がいて、その紙芝居に心が支えられた。

紙芝居がまだないなら、スターリィマンの紙芝居を是非作って欲しい。

そして、その方は沖縄の印刷所の方ともつないでくれ、そこから「スターリィマン紙芝居プロジェクト」が始まります。

それは、復興支援したい方に、スターリィマンの紙芝居を2冊1セットで購入してもらい、1冊を購入者に、もう1冊を被災地の子供に届けるというプロジェクトで、被災地には、祐希さんたちはせがわファミリーが紙芝居ライブをするという形で訪れます。

今は「事業としてしっかり続けていくなら、法人化した方がいい」という知り合いの税理士さんのアドバイスで、「一般社団法人スターリィマンからの贈り物」という団体を立ち上げ、会員を募っています。

祐希さんたちは、被災地での紙芝居ライブは無償でされています。

是非、息の長い被災地支援に力を貸したいという方はこちらをご覧ください。
個人の場合、3,000円から支援活動に参加できます。
→ http://starryman.webnode.jp

★祐希さんのお父様は、3.11以降、被災地を舞台にした9つの作品も描かれています。
右上の写真は、一本松の絵ですが、そこには、こんなストーリーがつけられています(一部を引用させていただいています)。

スターリィマンが、傷ついた松の体にそっと触れると、松の木は天まで響く大声で「おぉーおぉーおぉー」と泣き叫び、それから辛さを飲み込むように、ゆっくりと語りはじめました。

「あの時、仲間の松たちは、それぞれに、わしを助けるために、わしの根っこや幹や枝を命がけで支えてくれた」

〈親方! どうか踏ん張って踏ん張って、踏ん張ってくださいよ。よいか! みんな! 力を合わせて、親方を支えるのじゃ。親方は、この松原が生まれた時代から300年以上も生きてこられた大事なお方。さぁ、みんな! 最後の最後までお守りするのじゃ!〉(略)

「そう言い残し、仲間たちは次々に流されていった。(略)スターリィマン、わたしもたくさん塩辛い海の水に浸かったらのう。そう長くは生きられん。しかし、わしはもう十分生きた、もう何も思い残すことはない。しかし、残されたふるさとの人たち、日本中の人々は、これから多くの困難を乗り越えなければならぬ。
どうかみんなに希望や元気を、夢をあきらめないで叶えていく勇気を。みんなが愛を忘れずに、信頼や友情を築きながら、幸せな未来を作っていけるように、夢を叶える九つの風船を届けてはくれまいか? どうか、わしの願いを叶えてはくれんか?!」

スターリィマンは、松の木の全身全霊の願いをしっかりと受け止め、深く頷きました。

「松の木さん、分かりました。必ず日本中のみんなに届けると約束します!」

スターリィマンは固く誓うと、松の木の体をやさしく抱きしめました。そして、松の木に輝く願いの星たちを9つの風船に詰めていきました。

「スターリィマン、ありがとう」

こうしてスターリィマンは、松の木の願いが込められた風船を日本中に届けるために明けゆく陸前高田の街を旅立っていきました。

こんなふうにスターリィマンは旅をしながら人や動植物たちに風船を届けているのです。素敵ですね。

コミュニケーションアート

紙芝居ライブや朗読会は被災地に限らず、日本全国、様々な場所(学校・幼稚園・保育園・老人ホーム・企業などなど)で行われていますが、それは「コミュニケーションアート」なのだそうです。

日本はアートというとハードルが高いけれど、もっと身近に感じてもらいたいと思っている。

だから、スターリィマンの朗読を聴いて心がゆるんだあと、自由な心で絵を描いてもらうようなイベントもしている。

子供の頃はみんな、当たり前のように絵を描いていたわけだし、絵を描くということを、日常をちょっと輝かせるツールとして身近に感じてもらえたらいいな、と思う。

絵を描くことで、周りのことをちょっと忘れられたり、無になれたりする。そこで、なんで最近もやもやしていたのかな、と気付けたりする。

そうやって、日常にいたら気づけなかったことに1つでも気づくきっかけになったら、と思う。

それはただのきっかけに過ぎなくても、その日から、一歩光の方向へ踏み出してもらえたら、って。

長谷川ファミリー悩んでいる人ほど、視野が狭くなって、問題をどんどん深刻な方に考えていって、さらに閉じこもって、視野を狭くしてしまう傾向があると思いますが、そんなとき、ふっと視野を広げてくれるイベントがあったら、いいですよね。

それは、世界がもともと狭い、小学生・中学生・高校生には切実に必要なことなのかもしれません。

そういう意味でも、祐希さんたちの活動の意義は大きいですね。

仕事において大切にしていることは

そんな祐希さんに、仕事において大切にしていることを訊いてみると、

「ご縁と感謝の気持ち」ということでした。

そして、イベントなどでは「一期一会を大切にしたい」と言われていました。そう言われたのあとの、祐希さんの言葉は特に素敵だと思いました。

メディアに取り上げてもらうときには、実績があるということを伝えるために、今まで●か所でイベントを開いたなど、数を言うこともあるけれど、本当は数じゃないと思っている。

大事なのはそういう数で評価されることじゃなくて、目の前の一人が、何か新しいことに気付けたり、元気になったり、夢を見つけたり、何か感じてくれることだと思っている。

だから、いつも一人ひとりに真摯に向き合っていたい。

そして、こんなことも言われていました。

作品を外国語に翻訳したら?ということも時々言ってもらう。

いずれ、海外にも広がったら、素敵だと思う。

でも、まずは身近なところからだと思っている。
最初に家族、それから地域、そして日本。

私は今の活動を通して、身近すぎて気づかなかったことに、気づけた。
父と母の作り出す作品の魅力とか、2人が作品に込めていた想いとか、家族が仲良くいられることの幸せとか。

だから、まずは身近な、手の届く範囲を大切にしていきたい。
そこから広がって、最終的に地球の裏側まで広がったらいいな、とは思うけれど、一足とびにはできないものだと思うから。

長谷川ファミリー大きなことをしているように見える人ほど、実は足元の一歩を大事にしているのだということも、私がこのインタビューをしてきて気づいたことの1つです。

何かすごい棚ぼた的ないいことを狙っている人より、1つ1つの小さな幸せや成長を味わい、それに感謝しながら、気づいたら結構進んでいたな、という人の方が、なんだか素敵ですよね。

向き合うのが自分自身だと、頑張れないこともある

そんなふうにしっかりとした考えを持ち、活動されている祐希さんに、「仕事がつらいとか、きついと思ったときに乗り切るコツはありますか?」と訊いてみました。

そういうときは、自分を必要としてくれている人や、今まで自分を支えてくれた人のことを思い出す。

自分一人で頑張っているわけではなくて、支えてくれている人がいるということ。
そして、自分も誰かの役に立っているということを意識する。

自分がこれをしないと、と、向き合うのが自分になってしまうと、頑張れないこともある。

でも、この仕事の先に子供の笑顔や、喜んでくれる人がいることを想像すると力が湧いてくる。

そうですよね。

きついとか、つらいと思うとき、人は視野が狭くなってしまうと先にも書きましたが、そういうときに「きつい」という思考を変えてくれるのが、「周りに意識を広げる」ということなのでしょうね。

そして祐希さんはこんなことも言われていました。

まぁ、燃え尽き症候群みたいになって、やる気が起きなくなる時期もあるのだけれど……。

でもそういうときは、自分は燃え尽きられるくらい、全力で頑張れる仕事をできているんだ、ありがたいな、と思うようにしている。

それで、やる気が起きないときは、ちゃんと充電することも大切にしている。
自分の心の声に素直になることも大事だと思うから。

いいですね。
本当、要は、起こった出来事に対する捉え方次第なのでしょうね。

フリーでやっていくのに大切なことは?

そして大分恒例になってきた「フリーでやっていくのに大切なことは何だと思いますか?」という質問も最後にさせてもらいました。

客観的な視野を持って、全体のバランスを意識することが大切だと思っている。

自分のことは案外自分ではよく分からないもの。

だから、自分がどうしたいかというより、社会全体を見たとき、自分にはどんな役割があるのだろうと俯瞰してみるようにしている。

同じ職業でも、ルーツや生い立ち、育ってきた環境で一人ひとり持っているものは違うわけだから、特に差別化を図らなくても、本来、違った役割になると思う。

だから、無理に相手を意識して、その真逆をやろうと考えるのではなくて、自分の中にあるものと向き合うと、自然と周りとバランスがとれて、自分が果たすべき役割に辿り着けるような気がしている。

最初は荒削りでも、丁寧に自分と向き合い、自分の役割に近づこうとしていくうちに、自然と自分らしく仕事が回っていくようになると思う。

素敵な言葉ですね。
なるほどなぁ、と、すっと胸やお腹に入ってくるような言葉だと思いました。

祐希さん、たくさんの深いメッセージをありがとうございました!

祐希さんとはせがわファミリーの温かい想いが日本中、そしていつかは世界中に広がることを願っています!


スターリィマンはせがわファミリーが作っているスターリィマンのお話も、頭ではなく、直接ぐっと胸やお腹に届くような素敵なストーリーです。

是非、スターリィマン自体の魅力にも触れてみてください。

スターリィマンの世界 公式サイト

 

はせがわファミリーは下記のような活動をされています。是非、紙芝居ライブや朗読会のご要望がありましたら、祐希さんに相談されてください。

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執筆者:遊部 香(あそべ かおり)

オフィス言の葉代表・起業家支援ライター

千葉県市川市を拠点に「インタビュー記事作成」「理想のお客さんと仕事を引き寄せるプロフィール文作成」「ライターによるホームページ制作」などをしております。

書籍や雑誌の記事執筆、イベントの参加レポート作成なども承ります。
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