しあわせな起業のヒント【5】いい意味で「人は人」と思う

人は人

「自分らしさで社会とつながり、しあわせに生き、しあわせに働いている“素敵な仕事人(起業家)”」の共通点から見えてきた、しあわせな起業のヒントその5は、

「人は人」と思う。

これは、もちろん、大変な人を見ても「所詮人のこと」と思うという意味ではなくて、「自分」を持つというか、「自分」の考えやこだわりを大切にするということ。

人の判断に頼りすぎていたら、自分の進路はブレる

よく心理学などでも

「精神的にしっかり自立した、本当は一人でも生きていけるという強さを持った人同士が、
それでも一緒にいる意味を見出し、一緒にいるというのが、本来あるべき人間関係」

と言われます。

つまり、まだ未熟な人が、「寂しいから彼氏が欲しい」とか「一人の時間があると不安だから、みんなと過ごす予定でいっぱいにしておきたい」とか考えるのは、ただの依存であって、プラスのものを生み出す、いい人間関係にはならないことも多いということです。

若い人でなくても、人に認められるためにやたら自分の自慢をするとか、嫌だと思った誘いも嫌われたら困るから断れない、などというのも「未熟な人」です。

素敵な仕事人たちは、もっと「自立」しています。

人間だから、ときどきは寂しいと思ったり、人に自分の想いを理解してもらえなくて悲しいと感じたりもするはずです。でも、なんというか、それを「人間なら当然」と受け入れられたとき、人は一歩成長するのかな、と。

先日、「素敵な仕事人の共通点【2】自分で自分に許可を出す」の記事で、元々は趣味だった作曲とピアノ演奏をCDにして流通させ始めたことで、少しずつ仕事にも結び付いてきたという小松正史さんを紹介させてもらいました。

そうしたらその記事を読んで、小松さんがこんなコメントをくださいました。

やっぱり、人の判断に頼りすぎていたら、自分の進路はブレますよね。他人は他人、っていう認識が大切だと、よく思います。

そして同時に、

人は基本、心は弱いものだと思います。それをどう克服するかは人類にとって永遠の課題ですね!

という言葉も。

ラジオ局も運営するジャンボさんを紹介したときには、タイトルを「大事なのはさらけ出すこと」とつけましたが、素敵な仕事人は、自分の弱さもしっかり認識し、だからこそ、自分が思う道に進んでいけるように、そこにしっかりとした「意志」を作っているように思います。

小説を書くことが楽しくなくなった理由

私自身も最近、はっと気づいたことがありました。

私は子供の頃から小説を書いていて、25,6歳の頃から小説家になれたらいいなと考え、小説を文学賞などに投稿するようになりました。

その結果、いくつか賞も頂き、有名な作家の方に会って直接作品に対する感想なども聴くことができましたし、とてもいい経験をさせてもらいました。

ただ、この数年、小説を書くのがつらくなっていました。もう30年近く趣味として続けてきたことが「つらいこと」になっているとはなかなか認められず、少しずつは書き続けるものの、小説を書く時間は減り、しかも途中まで書いても、「これじゃない」という思いが募って、途中で辞めてしまう、ということを繰り返しました。

でも数週間前に急に気づいたのです。

以前は小説を書いているときには、その世界に入り込み、ある意味「無」になっていた。それが瞑想状態でもあり、心地よかった。

でも最近は、ものすごく声が聞こえてきて、登場人物の動きとか、主人公の心の動きとか、その場の風景などをかき乱している……と。

その「声」というのは何かというと、

「こんなに情景描写が続いていたらつまらないよ」
「小説の初めは、ラストの次に盛り上がるシーンにしないと」
「ストーリーはどんでん返しから考えないと」
「この登場人物、突然出てきたけど、読者にその人のイメージ、ちゃんと伝わってる?」
「これはちゃんと、主人公の心の成長が見えるストーリーになっているの?」
「小説という概念から、もっと自由にならないと」

などなどの外野の声。

自分の心の声だけれど、実は、外野の声なんです。

つまり、こういう言葉は全部、今まで私が小説を習った先生や選考委員の先生に注意されたことだったり、以前所属していた文学サークルの仲間に指摘されたことだったり……誰かの言葉なのです。

漫画などではよく、「勉強しなさい」と言われた子供が、「今からやるつもりだったのに」とやる気をなくすというシーンがありますが、「こうしなさい、ああしなさい」「そこは、そうじゃない」と始終誰かが見張って、指示を出している環境で仕事をすることほど、窮屈なことはありません。

でも、私は自分で自分にそうやり続けていた。

そりゃ、楽しくもなくなるわけです。

なので私は決めました。しばらくは、「おもしろいか?」「退屈じゃないか?」「空気や気持ちや想いが伝わるか?」とか、誰かの目を気にするのはやめて、昔みたいに、書きたいことを自分勝手に書こう、と。

でも、色々なことを吸収した今の自分は、昔みたいに自分勝手に書こうと思っても、それでも、それなりにきっと形になる。……それくらいでいいんじゃないかな、と。

「なんか楽しくない」は気づくチャンス

……と、これは私の個人的な「趣味」の話なのですが、きっと誰しも、本当は必要のない他者からの声(特に、言った人はもう忘れてしまっているような過去の言葉)に振り回されている部分ってあると思うのです。

会社員として会社に勤めているのなら、そこでの仕事はある程度、期待されたものに仕上げなくてはいけませんが、それ以外の、たとえば家事のしかたでも、育児でも、スポーツでも、その他の趣味でも、人との関わり方でも。

「なんか、楽しくない」

と思ったとき、多くの場合、そこには他者の「〇〇すべき」という概念が潜んでいるはずです。

同じ掃除でも、料理でも、スポーツでも、「〇〇すべき」から自由になって、自分が心地よい方法でできるようになれば、もっと生活は、人生は楽しくなるかもしれない。

もし、仕事でもないのに「楽しくない」と思うことをしていることに気づいたら、ちょっと立ち止まって、「楽しくない」理由を考えてみて、そして、人の目がなく、人からの評価もなかったら、自分はそれをどんな方法で楽しくするか、考えてみてもいいかもしれませんね(どんな方法でも楽しくなりそうもなければ、やめる方法を考えるのも手)。

そうやって、「仕事以外」が自分の力で楽しくできれば、きっとその頃には、今までは楽しくないと思っていた仕事だって、楽しくする方法が見つかっているはずです。

執筆者:遊部 香(あそべ かおり)

オフィス言の葉代表・起業家支援ライター

仕事では主に、起業して間もない人、これから起業しようと思っている人に対する文章支援を行っています。「ライターが作るホームページ」サービスも人気です。

>> 詳しいプロフィールはこちら


人は人
【無料】素敵な仕事人紹介ブログからプレゼント!


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です