「〇〇中毒」のなかに、本当にやりたいことが見つかることも

好きなことの見つけ方

先日「スマホ中毒からの脱し方は、禁煙の方法と似ている?」という記事では、「中毒」や「依存」から抜け出す方法を書きました。

ただ、「中毒」というのは、大抵、社会的に見て好ましくないものに熱中することを言いますが、「中毒」と言われているもののすべてが、本当に害でしかないのかは、改めて考えてもいいかなと思います。

たとえばコンピューターゲームにはまり、周りの大人からは「もうやめなさい」と言われ続けても、やり続け、ゲームクリエーターになる人だっているわけですから。

※タバコや麻薬、自分の生活を脅かすほどの金額を掛けたギャンブルや買い物などに「中毒」になるのは問題で、その中毒が体や生活を脅かすものなら、医療や支援グループに頼って立ち直るべきですが……。

自分自身の「ネット中毒」体験

そんなことを考えたのは、「スマホ中毒」について書いていたとき、自分自身が大学時代、病的にネットにはまった「ネット中毒」だったな、と思い出したからです。

私の大学時代というのは、windows95がちょうど発売され(1994-1998に大学生をしていますので)、パソコンが一般の人の生活に少しずつ入り込んできた頃でした。

周りの人がぽつりぽつりと自分のパソコンを買い始め、私も大学3年の頃に初めて自分のパソコンを買いました。

子どもの頃から小説を書いていたのもあって、中学生の頃にはワープロは大分使えるようになり、知る人ぞ知る「親指シフト」でそれなりに早く文章を打てていましたが、ワープロに比べてパソコンが画期的なのは、やはり「外とつながっている」ことです。


ただ、今のように、SNSがあるわけでもなく、個人のホームページを持っている人は稀で、ヤフーの知恵袋などもなく、パソコンを使い始めて分からないことが出てきても、「じゃ、どうすればいい?」と、なかなか聞ける人もいないような状況でしたね。
(書きながら、今は便利な世の中になったな、と思うと同時に、自分の年を感じてきました……)

そんなとき、私が見つけたのが「チャット」というものでした。

チャットというのは、オンラインで人とリアルタイムで、文字で話をすることを指します。今は、仕事上やプライベートのグループなどで話したり、オンラインゲームの相手と話をしたりするために使うのがほとんどなのでしょうが、当時は、「チャットルーム」という不特定多数の人が集まり、特にテーマも決めずに、だらだら話をする場みたいなものがありました。

暇な大学生が部室でうだうだ、長々と話しているのとあまり変わりはないのですが、チャットルームは「不特定多数」の人の集まりですから、たとえば北海道や沖縄、海外にいる人とでも、大学生でない人とでも出会えます。
そして常連的な人もいますが、同じ「部室」のような場でも、毎日違う人がいるという面白さもありました。

そして、就職活動がひと段落した大学4年の頃から、私は次第に、このチャットの世界にはまりはじめました。

チャットルームが居場所だった頃

今でこそ、「ネット上での出会い」みたいなものは普通になってきていますが、当時は個人でパソコンを持っている人はまだ珍しく(当然、スマホなどもありませんし。携帯ですら、個人で持っている人は少なかったのでは)、そのため、チャットルームで出会う人は、「機械系が好き」な感じの人が多かったです。今でいう、「リア充」とは対極にいる、物静かな理系タイプというか。そして圧倒的に男性比率が高かったですね。

なので、現役女子大生だった私はそれなりに人気者でしたが(ただ年齢と性別のせいだけで……(^_^;))、でも先にも書いたように、「物静かな理系タイプ」が多い世界で、今ほどネット上に「ちゃらい」人がいるわけでもなく、居心地がいい場所でした。
(今はもう、ネット上の不特定多数の集まりとか、怖そうで近づけませんが……)

私はもともと、話すのは苦手、書く方が得意な人間なので、リアルな場よりもチャットの世界の方が人と上手くコミュニケーションが取れるようにも感じましたし、そうやって次第に、大学でのリアルな生活から、夜のチャット中心の生活にシフトしていきました。
当時は、インターネットにつなぐのはダイヤル回線で、つまりインターネットにつないでいる時間は「電話代」がかかりました。

そのため、チャットをする多くの人は、「テレホーダイ」という23時から翌日8時までなら決められた番号にかける電話番号が定額になるというサービスを使っていました。

ということで、みんな23時にならないと集まらないので、23時~2時、3時までパソコンに向かい、朝型眠るという完全な昼夜逆転になっていくわけです。

当時まだ私は家族と同居していたので、家族には毎日のように苦言を呈されましたね……。ま、確かに、傍から見たら、このまま、ひきこもり→ニートになりそうな生活でしたから。

でも、当人にとっては、これはただの「新たな居場所」でした。だから、オフ会にもよく出かけましたし、一人旅をするついでに、ネットの友達に会って、一緒に飲んだりもしていました。

だから、今振り返っても、昼夜逆転は良くなかったなと思うだけで、「ひきこもり」の芽はなかったように感じます。

そして、この「ネット(チャット)中毒」は、時期が来ると勝手に終わっていきました。大学を卒業して仕事を始めてからも、塾の仕事だったので、10:30~19:00というようなあまり朝早くないシフトの日が多かったのもあり、すぐに、すぱっと辞めたということはなかったのですが、次第に仕事も楽しくなっていきましたし、23歳の頃から今の旦那と付き合い始めたのもあり、気づくと、あまりチャットをしなくなり、いつしか、まったくしなくなっていました。

やめろと言われてもやめられないほど「好き」なのかも

と……すごい長い昔話をしてしまいましたが……(^_^;)

この過去の「ネット中毒」については、親から「いい加減にしなさい」と言われまくったのもあり、中毒を卒業してからは自分でも、「あの生活は良くなかったな。時間を浪費していたな」などと捉えるようになっていました。

でも、最近になって、ふと思ったのは、本当にあの時間は「浪費」だったんだろうか? 自分にとって、かなり大事な時間だったんじゃないか? ということです。

というのは、今私は、「色々な人に会ってインタビューをして、その人の魅力を人に伝える」という活動をしています。

今は、「素敵な仕事人インタビュー」は、近くに住んでいる人限定で、しかも月1,2人というスローペースですし、このブログは仕事にはまだなっていません。

でも、いずれはこの「素敵な仕事人インタビュー」を仕事のメインにして、月に1,2回は地方にも旅をし、本当にたくさんの人に会って、話を聴きたいと思っています。

でも、この「色々な人に出会って、話を聴く」ということを初めてして、自分はそういうことがしたいんだ、と気づいたのは、あのチャットにはまった時期だったのかもしれない、と最近思うのです。

当時は若かったので、何人かの人とは恋愛関係になったり、それをこじらせたり(^_^;)しましたが、それとは別に、友達もでき、札幌・函館・京都・神戸などに旅をしながら会いにいったりもしていました。

初めて自分でホームページを作り、情報を発信し始めたのもその頃ですし(チャットで出会った1歳年上の人が作っていて、刺激されて作りました)、このチャット期間のおかげで、ブラインドタッチもできるようになりました。改めて振り返ると、「今」につながる大切な時間でした。
よく、

好きなことを仕事にしようと言っても、自分が何を好きなのか分からない人も多い。
そう言う人は、子供の頃に自分が何に夢中になったか思い出してみるといい。

という言葉を本などで読みます。
その度に私は、5歳とか10歳とかの頃のことを思い出そうとして、そして失敗していましたが、「子供のころ」ではなく、「周りからの評価を気にせず生きられた頃」と読み替え、「好きなこと」=「周りから評価されない、むしろ、やめろと言われているのに、それでもやめられなかったこと」と考えると、見つかる「好き」もあるのかもしれませんね。

文章が上手いとか、絵が上手いと子どもの頃から褒められると、自分は文章を書くのが、絵を描くのが好きなのだと錯覚してしまうかもしれません。

でも、本当に好きなことは、人から評価されなくても、やっているものなのです。きっと。

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執筆者:遊部 香(あそべ かおり)



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