心の声を聴いたり、正しいひらめきを得るための簡単な方法

心の声

昨日、北海道で無事保護された男の子の話から、頭で考えすぎない大切さを書きました。

で、昨日は、やっぱり瞑想など、頭を休ませる時間を習慣にすることが大切ですねという結論で終わりにしたのですが、それからちょっと考えたことを今日は続きとして、綴っておきたいと思います。

以前も書きましたが、ジュリア・キャメロンの「ずっとやりたかったことをやりなさい」という本が好きです。

じっと座っているだけの瞑想が合わない人は、この本で提唱されている「とにかく思いついたことを、良し悪し判断せず書き留める」モーニングページというものをしてみるといいと「瞑想が苦手な人にお薦めな心の鎮め方」という記事でも書きました。

心の声を聴こうと思ったときにも、この「思いついたことを、頭で判断せずに書き留める」って結構大事だなと思うのです。

小説ってどうやって書くの?

ところで、私は子供の頃から、小説を書いています。

いくつか文学賞をもらったものの、まだプロにはなれていない、アマチュアに毛が生えたレベルですが、大学の卒論で書いた小説から、ナンバリングをしていまして、それによると今書いているのは「77」番目なので、少なくとも76作品以上は書いてきていることになります。

ただ、初対面の人などによく、「小説って、どうやって書くの? 周りに小説を書いている人なんていないから、すごい興味がある」などと訊かれるのですが、上手く答えられません。

敢えて答えるなら、

「えっと……なんとなくこんな話が書きたいっていうのが思い浮かんで、考えていると、登場人物が浮かんできて、なんとなくこんな流れかなというのができてくるから、実際に書き始めると、なんとなく目の前に風景が見えてきて、登場人物が動いたり、しゃべったりしてくるから、それを書いている」

という感じなのです。
(これでは、小説の書き方講座の講師などなれそうもありません……)

それって、無理に言葉で説明しようとすると、多分、
「頭の半分を、空け渡している」感じなんだよな、と思います。

自分で人物を動かそうとしたり、こういう流れで終わりにしようと、「理性」で動きを「作ろう」とすると、なんだかつまらなくなったり、窮屈になったりしてしまう。最悪の場合は、行き詰って、一からやり直しになる(←ま、よくあるんですが……(^_^;))

逆に、あ、なんかいいものが仕上がったなというときは、そんなに「頑張って書いている」という苦しさはなくて、なにかが導いてくれている。

頭の半分で、その流れを見守って、頭の半分だけきちんと働かせて、今、見えていることを人に伝わる文章にするには、どんな言葉を選べばいいのか、冷静に考えている、という感じかと思います。

チャールズ・ディケンズなども、「目の前で小人(だったかな?)が語ってくれる話を、僕は書き留めていただけだ」と言っていたという話ですし、似たようなことを言っている小説家は多いですよね。

(なので私もそのうち、有名な作家になるのです。きっと(笑))




直感には反論できない

と、自分はそんなふうに長年、小説を書いてきたし、「大事なことほど、直感で決める」という人生だったように思います。

私は27歳で結婚して、28歳で「家を買うぞ」と思い、旦那と今の家を買ったのですが、数千万の大買物なのに、なぜか「ここでいいんだろうか」という迷いはなかったんですよね。中古での購入だったので、現地を見に行き、「あ、ここしかない」と、リビングを見て即決状態でした。

窓から差してくる光のなかに、ゆりかごのようなもので揺られている赤ちゃんが見えたので、「あぁ、私はここで子供を育てるんだ」と。
(ま、子供を産んだのは、引っ越してから10年後くらいなんですが……)

見晴らしが良くて、光が多く差し込んでくるとか、天井が高いとか、気に入った理由を挙げれば挙げられるのですが、もしそうやって、理由を並べて「これこれこういう理由で、ここがいい」と考えていたら、「でも、10分くらい歩かないとコンビニ1つないし、千葉だし(当時は東京都に住みたかった)」とか、反論も浮かんだんだと思うんですよね。

でも、直感で「いい」と思ったことには、反論ってできない。

これって、意外と大きいのかも、と最近、思います。

自分で自分に手紙を書くのも、小説を書くのと似ている

あと、先月まで、カウンセラー・さわとんさんの主宰する「SP養成講座」なるものに通っていたのですが、そのなかに、「自分に手紙を書く」というワークがありました。

私は先にも書いたように、頭の中に登場人物を住まわせて小説を書くような「妄想族」なので、実はさわとんさんの講座に通う前から、自分の中に「心の友」ならぬ「心の兄」を住まわせていて、つらいときなどに話しかけたりしていました。

「心の兄」は、いつも優しくて、「大丈夫だよ。香はいつも頑張っているよね。僕は知っているよ」とか、必要に応じて声を掛けてくれる(笑)

でも、さわとんさんの講座に通って、良かったなと思ったのは、その「心の兄」の言葉を初めて「書いてみよう」と思ったことでした。

で、書いてみると、「心の兄」も、私と同じように「書くと長くなる」タイプだったのか、A5のルーズリーフ一枚半分くらい、小さな字でぎっしり、メッセージをくれました。

あ、怪しいと思ってます?(^_^;)

ま、怪しいと思ってもらってもいいのですが、「自分に手紙」を書いてみて感じたのは、「あ、これ、小説を書いているときと似ている」ということでした。

気づくと本当、頭の半分を空け渡している感じ。その半分で「心の兄」がなんか話していて、その、ぼわっとしたメッセージを、もう半分の頭で意味のある文章に落とし込んで、紙に書いている感覚でした。

で、書いているときには、その「通訳」みたいなことに一生懸命だったのですが、あとでゆっくり書かれたことを読み返してみると、自分が普段考えているのとはどこか違う、でも、自分の今までの歩みとか、考えてきたことをしっかり共有してくれている「誰か」の言葉になっていて、自分が書いた言葉なのに、胸にぐっと来ました。

それで思ったのは、「頭の半分を空け渡して、普段聞いているのではない、他の誰かなのか、もう一人の自分なのか、心の声なのかを聴く」というのは、「小説を書く」というちょっと“特殊”なことをしている人だけの特権みたいなものではなくて、きっと、誰にでもできる、もしくは誰にでも開発できる能力なんじゃないかということでした。

心の声を聴く、簡単な方法

なかなか長い文章が始めから出てくる人は少ないかもしれませんが、もし興味を持ってくださったら、まずはこんなことを試してみてください。

今、迷っていることなどがあったら、「どうしたらいいかな?」と呟いて、シャーペンを持ってノートに向かって、3~5分くらい、ぼーっとしてみる。

思いつくことがあったら、それについて良し悪しは判断せず、とにかくどんどんノートに書いていく。

それだけです。

でも、きっと、なにかしら、ひらめくはずです。

そうそう、SP養成講座の講師・さわとんさんに6年ぶりくらいに再会したのも、このブログがちょっと行き詰ってきて、何か次のステップを探したいな、どうしようと思っていた時、

「誰に会ったらいいですか?」と問いかけて、シャーペンを持ってぼーっとした結果なのです。

その頃は、「ブログから出版」ということに興味があったので、頭では出版社に近いところにいる人のことばかり考えていたのですが、急に、なんの脈絡もなく「さわとん」という声が聞こえて、「え? なんで?」と思ったんですよね。

さわとんさんは、知り合いの知り合いとして、10年くらい前に紹介してもらってから2回くらいイベントで会っただけで、この6年ほどは、年賀状のやりとりをするくらいになっていましたから。

でも、FBで友達申請してみて、メッセージを送ったら「じゃあ、明日でも会いましょうよ」ということになって、なんか色々つながっていって、今、このブログの「素敵な仕事人」もたくさん紹介いただいています。

確かに、「ブログが行き詰った感」は、さわとんさんによって、打破されつつあります。

そんなふうに、「心の声」は頭よりも柔軟に、素敵なひらめきをくれたりします。

ぼーっと心の声を待っていたつもりで、実は、頭で考えて創り出した声を聴いているだけのこともありますが、「え? なんで?」と、脈絡がよく分からない「ひらめき」や、「あぁ、なんかいい」と理由なく思えることや、「これだ!」と疑いがない感じだと、心の声の可能性が高い気がします。

心の声の威力、是非、多くの人に体感してもらえたらなと思います。

執筆者:遊部 香(あそべ かおり)

オフィス言の葉代表・起業家支援ライター

仕事では主に、起業して間もない人、これから起業しようと思っている人に対する文章支援を行っています。「ライターが作るホームページ」サービスも人気です。

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