人からの評価は所詮「相対評価」だから、自分の評価は自分で決める

少し前ですが、新聞で見て気になっていた写真展を見に銀座のギャラリーに行ってきました。

花や風景の写真を和紙に印刷するという手法で長年活動されている三輪薫さんという方の写真展です。和紙と一言でいっても、様々な種類があるようで、それぞれに風合いも変わり、素敵な展示でした。

ギャラリーに足を運んだときに、三輪さんのギャラリートークが行われていました。それに合わせて行ったわけではなかったので、途中からでしたが、ラッキーでした!

写真の露出補正も「相対」でしかない

そのギャラリートークの中で、一つ心に残る言葉がありました。

それは、写真の露出補正についての話です。

ただその言葉を説明する前に、まずカメラの構造の話をしましょう。

一眼レフを使わない方にはあまりピンとこない話かもしれませんが、カメラというのは、光を焼きつけるものです(今はデジタルが主なので、焼き付けるとは言わないのかな?)。

その光の量というのは、絞りとシャッター速度によって決まります。

同じ明るさで同じ物を撮る場合、絞りを絞ると、広い範囲までピントを合わせることができますが、光が入ってくる部分が狭くなるので、その分、長くシャッターを開いておく必要が出てきます。

逆に、絞りを「開放」すると、ピントが合う範囲が限定され、多くの部分がぼけますが、光が入ってくる部分が広がるので、シャッター速度は短くてすみます。

絞りとシャッター速度の両方を自分で決めて撮影する方法もありますが、多くの人は「絞り優先」の設定で撮っています。

できるだけピントを全体に合わせたければ、f22など、絞りを絞った設定にし、目の前の一部にだけピントを合わせて、あとはぼけた写真を撮りたければ、f1.8とか2.8などレンズの解放値に近い設定で撮ります。

そのように、絞りを設定し、シャッター速度はカメラに自動的に計算してもらうのです。

最近のカメラは本当に賢くなっているので、多くの場合はそのままでいいのですが、芸術的な写真をこだわりをもって撮ろうとすると、もっと明るくしたい、もっと暗めにしたい、など要求も出てきます。

そういうとき、「露出補正」ができます。
暗い雰囲気を撮りたいのに、明るくなってしまったら、-0.5~-3.5などに、逆にもっと明るい写真にしたいのに暗いよということでしたら、+0.5~+3.5などに。

で、+2とか+3とか、大きくプラスに振った写真を「ハイキー」、逆にマイナスに大きく振ったものを「ローキー」と言います。

今日のブログのトップに貼っている画像などは、典型的な「ハイキー」の写真です。

曇り空を背景に花を撮ろうとすると、暗くなりすぎてしまうので、どうしてもプラスへの補正が必要なのですが、それもちょっとのことではダメで、+3とか場合によってはそれ以上プラスにするのです。

と、長くなりましたが、解説、ここまで(笑)

結局、人からの評価は「相対評価」だから

で、三輪さんの名言。

僕の写真は、ハイキーだ、ハイキーだと言われるのだけれど、僕はハイキーだと思っていないんですよ。
僕はただ、見た色をただそのまま表現しているだけ。特別、意図をもって加工している訳でないから。

なんか、はっとしました。

「-」に補正とか、「+」に補正と言っているのは、ただカメラが勝手に計算したシャッター速度を基準に考えているだけ。

本当はそれは「-」でも「+」でもないのかもしれない。

同じ光が当たった花でも、背景によって、明るくも暗くも見える。

 

……と、勘のいい人は気づいていると思いますが、今日私が書きたいことは、花とかカメラの露出補正の話ではありません。

同じ人でも、明るい人がたくさんいる中では「自分は暗い」と思ってしまうかもしれないけれど、寡黙な人のなかでは「よくしゃべる明るい人」に思われるかもしれない。

芸術家が集まる中では「俗っぽい」と言われる人が、ビジネスの世界では現実的だと評価されるかもしれない。逆かもしれない。

人からの評価なんて、そんなもんじゃない? ということ。

別にそうやって評価されるのが悪いことではないし、評価されることから、人は逃れられないだろうけれど、自分までそんなあてにならない「相対評価」で自分をこういう人間だと決めつける必要はないよね。

自分の自分への評価はもっと自由であっていいし、人からの評価が気に入らなければ、もしかしたら自分じゃなくて、環境を変えたらいいのかもしれない。

三輪さんの言葉から、なんかそんなことに想いを巡らせてみました。

執筆者:遊部 香(あそべ かおり)



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