頑張っても報われない理由

先週、「エンプティチェアで自分とも向き合う」という記事で紹介した心屋仁之助さんの「「好きなこと」だけして生きていく。」という本。

そのなかの、「好きなことをするには一番嫌なことをする必要がある」という言葉も衝撃的でしたが(その言葉の意味するところは、「エンプティチェアで自分とも向き合う」参照)、もう一つ、はっとした言葉がありました。

 

第一歩

それが、下記の言葉。

「自分には価値がある」ということを信じるための第一歩、それは、まずは頑張るのをやめること。

「頑張らない私」でも価値があるのだと実験してみるのです。

ここだけ読んでも意味が分からないかもしれませんね。

この文章に至るまでの流れは、こんなふうになっています。

頑張っても報われないと感じる。

それは、あなた自身が「頑張らない私」には価値がないと思っているから。

自分自身が価値を感じられないのに、人がその価値を感じられるわけない。
※自分がいいと思っていない作品を「私はいいと思っていませんが、あなたはいいと思って、大事にしてくださいね」といって売れますか? 売れませんよね?

でも「頑張らない私」に価値がないというのは本当?
そのままの「私」でも価値があるのでは?

そして、先の文章に繋がっていくわけです。

「自分には価値がある」ということを信じるための第一歩、それは、まずは頑張るのをやめること。

「頑張らない私」でも価値があるのだと実験してみるのです。




ごくわずかな“成功者”

私も以前、「自尊心を高める」という記事で、「自分で自分をどう扱うかによって、人は他人に、自分をどう扱ってほしいか暗に伝えている」と書きましたが、ありのままの自分を自分で認めるのは、なかなか難しいことです。

でもだからこそ、周りから評価や社会的な成功を得ようと躍起になって動くのではなく、ただ「そのままの自分」を自分自身で認められる人は、ごくわずかな、本当の意味での“成功者”なのかもしれません。

執筆者:遊部 香(あそべ かおり)

オフィス言の葉代表・起業家支援ライター

仕事では主に、起業して間もない人、これから起業しようと思っている人に対する文章支援を行っています。「ライターが作るホームページ」サービスも人気です。

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