人は長所で尊敬され、短所で愛される

私はほぼ毎年、年末に、「もりちゃんを囲む会」という小説家・森沢明夫さんを中心に、ファンなどが30~40名ほど集まる飲み会に参加しています。

この会は、森沢さんが初の小説「海を抱いたビー玉」を出した頃から続いているものです。当時は森沢さんも、「小説も書いているマッチョなライターさん」という感じでした(笑)

今は、「虹の岬の喫茶店」が吉永小百合さんに気に入られて映画化されたり、昼ドラの原作を書いたり、新刊が出れば本屋で平積みされる「大先生」です。

が、変わらず参加者に気軽に「もりちゃん」と呼ばれ、ファンと同じだけの「会費」を払って「囲む会」に参加しています。そんな決して偉ぶることのない、「大先生」だからこそ、みんなに囲まれ続けるのだと思います。

そんな森沢さんが今年出された「癒し屋キリコの約束」という本(遼河はるひ主演で昼ドラになっていました)に、さらりと出てきた一言が、心に響きました。

「人ってさ、長所で尊敬されて、短所で愛されるんだよ。だから、どっちも大事なんだよ」

 

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短所は隠そうとするから短所になる?

この言葉はキリコさんが口にした言葉ですが、その言葉を受け、主人公はこう考えます。

短所を必死にごまかして、どこまでも隠しきろうとしている人間は、愛すべきところまで隠してしまっているのかも知れない。つまり、人間性の半分の側面しか人に見せないから、その人はとても小さく見えてしまうのではないだろうか。

私はあまり弱い部分やダメな部分を人に見せるのが苦手なので(隠そうとしても、おかしな失敗などはしてしまいますけどね……。運動神経の悪さは隠しようもないですし(涙))、この言葉は、結構、心に響きました。

そして、「もりちゃん」があんなに愛されている理由も分かるような気がしました。

森沢さんに特に目立った「短所」があるわけではないですが、たとえあったとしても「別に短所が見えてもいいよね」と思っているような、「何か失敗しても、それはネタになるし、みんながそれで笑えるならいいよね」と考えているようなところがあるのです。

「短所」は裏返せば長所になるともよく言われますが、「短所」は隠そうとするから、却って見苦しくなって、「短所」になってしまうのかもしれません。

 

些細なものからカミングアウト

よく、人前で話さないといけないとき、「緊張しちゃダメだ」と思うと、どんどん緊張してしまうという話があります。

そういう場合は、逆に「あがってもいいや」と割り切り、あえて人前に立ったとき「今、あがってます」と正直に言ってしまった方がいいということもよく聞きます。
(もともと緊張するというのは、本来の自分よりも、自分を良く見せようと思うからだそうです)

話を聴く側も、「緊張していないぞ」という演技を見せられると、自分まで緊張して、体に力が入ってしまいます。すると場の空気自体がどんどん固まり、話す方はさらに緊張する……という悪循環が起こります。

誰も「完璧な人間」などいないと分かっていますし、完璧さを人に求めてはいません。

短所を敢えて目立たせる必要もありませんが、周りの人にポロリと見せてみる、思い切って短所をネタにしてみるなど、意識してみると、少しずつ自分の鎧も軽くなっていくかもしれません。

短所と一言でいっても、自分でどうしても受け入れられないものから、些細なものまであるかもしれません。その場合は、「些細」と思われるところから、軽くカミングアウトしていくといいかもしれませんね。

おまけ

私の場合は、「絵心ない芸人」を笑えないくらい、すごいセンスの絵が描けるのがカミングアウトしてもOKな短所です。
小学生を教えていた頃、生徒が眠そうにしていたら、絵を描いて笑わせていました。絵を描けば、ほぼ確実に笑いがとれました(-_-;)

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執筆者:遊部 香(あそべ かおり)

文章を書いたり、写真を撮ったりしています。

現在は、『凪~遊部香official site~』で主に活動中。

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1 個のコメント

  • […] 先週は「自分の短所が気になるとき」という記事で、「短所は人に愛されるかもしれない大切な人間性の一部」であること、些細な短所からカミングアウトしてみたら、ということを書 […]