つらいときこそ「つながり」の感覚を持とう

小説の話だったか、実話だったのかさえ忘れてしまいましたが、「夜、眠れない」と悩んでいる人を外に連れ出して、周りの家についている灯りを見せ、「この時間に寝ていないのは、君だけじゃないよ」と伝えるというシーンがありました。それによって、眠れなかった人は、「あぁ、そうなんだ」と少し心が軽くなったという話でした。

実際の不眠症に、この手法が有効なのかは分かりませんが、「不眠症」や「うつ病」など、「病気」になる前の段階の落ち込みや、悩みには、君一人だけではない」という感覚を持たせてあげることには、一定の効果があると思います。

 

みんなキツイと知ること

きついこと、辛いことをを乗り切るときに、「自分だけではない」と知ることが力になることもあります。

たとえば私は、あまり運動神経には自信がなく、特に走るとすぐに息切れをするので、「自分には、走るとか、無理」と思っていました。

ただ、ランニングやマラソンに関する本を読んでみたところ、「走り始めて最初の10分は、心拍数が上がり始めるのに体がついていかないため、苦しくて当たり前」と書かれていました。

どんなアスリートでも、心拍数を上げる最初の10分は苦しい、と。

でも、プロの選手は本来の試合の前に準備体操(アップ)などで心拍数を上げているから、苦しいところを表に見せない、ということなのだそうです。

このことを知って、目から鱗でした。

そして、この事実を知ってからは、走り始めてすぐに苦しくなっても、「ほら、やっぱり私には運動は向かないんだ」と考えず、「これは誰でもそうなんだな。10分だけ耐えればいいんだな」と思えるようになりました。

 

過去や未来の自分とのつながり

また、「つながり」というのは、「他の人とのつながり」だけではなく、「自分とのつながり」も大切です。

芥川賞を受賞してから、ピースの又吉さんのエッセイを新聞でも見るようになりましたが、このエッセイの視点がいつも素敵で、この人は獲るべくして芥川賞を獲ったんだなと感じます。

先日読んだ又吉さんのエッセイは「年金」についてで、過去と未来の自分について書かれていました。

舞台に立つときは、(お笑い芸人になりたいと考え始めた)14歳の頃の自分が笑っているかどうか想像する(略)文章を書く時は、(素晴らしい小説との出会いによって救われた)19歳の自分を意識する。

という話のあと、そのエッセイはこう続きます。

現在の、35歳の僕は僕だけではなく、過去の自分達がいたことによって存在している。僕の独断で全てを決定していいとは思えない。ただ、全ての責任を今の僕が背負ってはいる。

過去の自分に負けぬようにありたいとは、思うが、彼等の声を無視するわけにはいかない。

極端な話をすると、今の僕は、生まれてから昨日までの無数の自分自身を引き連れて歩いていることになる。それぞれの自分が、それぞれの要求を僕にしてくる。今、今、今、という一瞬一瞬の積み重ねが僕の人生になっている。

もちろん、今の僕が老後の夢を語ることは、将来の自分に対して希望を伝えるということでもある。

そのあと、具体的に老後はどう過ごしたいという希望が書かれ、

老後にやりたいことを数えだすときりがない。ただ、乱暴に将来の自分に無理な要求をするのではなく、老後に楽しい時間を過ごすために、今の僕は未来の僕の生活に貢献しなくてはいけないと強く想う。自分の人生において世代の断絶があってはならない。

と続きます。

「今の僕は未来の僕の生活に貢献しなくてはいけないと『強く』想う」「世代の断絶が『あってはならない』」というあたりに、非常に強い意志や想いを感じますが(また、将来のために年金を払いましょう、という意味合いを感じなくもありませんが(^_^;))、本当に素敵な文章でした。

前回読んだエッセイは、おばあさんとの思い出の話でしたが、深さを感じさせる人というのは、人や時間やそのほか色々なものとしっかりつながっているのだと思います。

人は「つらい」と思うと、どんどん自分の内に閉じこもり、視野は狭くなっていきます。でも、「つらい」という思いから人を救い出してくれるのは、本当は、他の人の存在や過去や未来の自分という「広がり」との「つながり」なのではないかと思います。

苦しいときほど、少しだけ視野を広げる意識を持ってみましょう。

 

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執筆者:遊部 香(あそべ かおり)



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